3日前に15センチほど積もった雪が融けてきました。
だんだん食料が乏しくなってきました。
あいかわらず、燃料や食料の情報がありません。しかたがないので、思い切って3回目の外出をしようと思っていました。
そんな矢先、海寄りの知人からガソリン枯渇の救援依頼がありました。
燃料探しに行って、かえって消費してしまったとのことです。
ボクのところから本吉町の海までは10キロくらいですが、知人のところは6キロくらいのところです。
津波の被害はありませんが、親戚の捜索、援助、炊き出しなどで燃料が底をついてしまったようです。
軽トラに残っていたガソリンを抜きました。タンクのドレンボルトから取り出したのは、残っていた7リッターほどです。
これを届けに行ってきました。
その先の、駐車場まで津波が来たという本吉町のスーパーで、食料を売っているというので行ってみました。
店頭でわずかな食料を販売していました。最低限の食料だけです。
そのすぐ隣は瓦礫の山です。

この道路の左側がスーパーです。ここは田んぼですが、住宅も点在していたようです。
河口方面です。

右側の道路が津谷川の堤防です。河口から4キロほどあります。
不謹慎かな?と思いつつ、ついでに海岸を走る45線沿いを見てきました。




右側が海です。海に近い低いところは壊滅状態です。
直に見ると、映像や写真とはまったく違います。ただ唖然としてしまいます。
心臓がドキドキしてました。
気仙沼までの20キロ区間は通行できるようになっていました。
瓦礫は道路脇に片付けられ、数箇所は壊れた道路を修復していました。
知人から一応通行できるし、混雑もしていないと聞いていたので、ちょっと遠回りして気仙沼を通って帰宅することにしました。
気仙沼付近の45号線は、2キロくらいしか離れていないのですが、高台なので被害はありませんでした。
ここからは被害地からは見えませんでした。
気仙沼から内陸の一関に向かう284号線は何も被害はありません。
交通量も少なく、自衛隊や消防車、支援の車がときおりすれ違う程度でした。
いくつかの内陸の町でスーパーを探しましたが、やっと1軒開いていました。
ただ、商品は20パーセントくらいしか置いてありません。棚はガラガラです。
それに値段が1.5倍くらいになっていました。
ガソリンスタンドも開いていません。ときおり開いているところは緊急車両専用です。
なぜか1箇所のスタンドは閉鎖しているのですが、数十台の車が並んでいました。意味がわかりません。
手に入れた食料です。

左上の肉の塊は知人が分けてくれたものです。
停電自然解凍後冷凍されたシカ肉だそうです。まあ、大丈夫だろうということです。
ちなみにタマゴ200円、キャベツ300円、例のホウレンソウは200円でした。
ボクの常備食の豆腐と納豆とモヤシがなかったのが残念ですが、玄米はあるので、まあ、これだけあれば、しばらくは生き延びられそうです。
まだボランティアは受け付けていないようですが、それまでは温存しなければなりませんね。
一部の被害地では食料を配布しているとラジオで言っていました。
いっそのこと、そこに行ったほうが食料は手に入るのかも?
しかし燃料がないとそこにさえも行けませんがね。
冗談でも言いたくなりますよ。
参考になったらクリックお願いします。
だんだん食料が乏しくなってきました。
あいかわらず、燃料や食料の情報がありません。しかたがないので、思い切って3回目の外出をしようと思っていました。
そんな矢先、海寄りの知人からガソリン枯渇の救援依頼がありました。
燃料探しに行って、かえって消費してしまったとのことです。
ボクのところから本吉町の海までは10キロくらいですが、知人のところは6キロくらいのところです。
津波の被害はありませんが、親戚の捜索、援助、炊き出しなどで燃料が底をついてしまったようです。
軽トラに残っていたガソリンを抜きました。タンクのドレンボルトから取り出したのは、残っていた7リッターほどです。
これを届けに行ってきました。
その先の、駐車場まで津波が来たという本吉町のスーパーで、食料を売っているというので行ってみました。
店頭でわずかな食料を販売していました。最低限の食料だけです。
そのすぐ隣は瓦礫の山です。

この道路の左側がスーパーです。ここは田んぼですが、住宅も点在していたようです。
河口方面です。

右側の道路が津谷川の堤防です。河口から4キロほどあります。
不謹慎かな?と思いつつ、ついでに海岸を走る45線沿いを見てきました。




右側が海です。海に近い低いところは壊滅状態です。
直に見ると、映像や写真とはまったく違います。ただ唖然としてしまいます。
心臓がドキドキしてました。
気仙沼までの20キロ区間は通行できるようになっていました。
瓦礫は道路脇に片付けられ、数箇所は壊れた道路を修復していました。
知人から一応通行できるし、混雑もしていないと聞いていたので、ちょっと遠回りして気仙沼を通って帰宅することにしました。
気仙沼付近の45号線は、2キロくらいしか離れていないのですが、高台なので被害はありませんでした。
ここからは被害地からは見えませんでした。
気仙沼から内陸の一関に向かう284号線は何も被害はありません。
交通量も少なく、自衛隊や消防車、支援の車がときおりすれ違う程度でした。
いくつかの内陸の町でスーパーを探しましたが、やっと1軒開いていました。
ただ、商品は20パーセントくらいしか置いてありません。棚はガラガラです。
それに値段が1.5倍くらいになっていました。
ガソリンスタンドも開いていません。ときおり開いているところは緊急車両専用です。
なぜか1箇所のスタンドは閉鎖しているのですが、数十台の車が並んでいました。意味がわかりません。
手に入れた食料です。

左上の肉の塊は知人が分けてくれたものです。
停電自然解凍後冷凍されたシカ肉だそうです。まあ、大丈夫だろうということです。
ちなみにタマゴ200円、キャベツ300円、例のホウレンソウは200円でした。
ボクの常備食の豆腐と納豆とモヤシがなかったのが残念ですが、玄米はあるので、まあ、これだけあれば、しばらくは生き延びられそうです。
まだボランティアは受け付けていないようですが、それまでは温存しなければなりませんね。
一部の被害地では食料を配布しているとラジオで言っていました。
いっそのこと、そこに行ったほうが食料は手に入るのかも?
しかし燃料がないとそこにさえも行けませんがね。
冗談でも言いたくなりますよ。


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最終更新日 : -0001-11-30